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■2015年3月21日に行われた北方山草会講演会の要旨(2015.4.6)

今年は当会、高橋英樹会長の「千島列島の植物あれこれ」です。会長は北海道大学総合博物館教授であり、北海道はもとより千島列島、サハリンといった北方系のフロラ、分類を専門としています。2015年2月には北大出版会から「千島列島の植物」を刊行しています。
 千島列島に関しては、1995〜97年に3回調査の機会があり、中部〜北部千島を見て歩いたとのこと。そこで千島列島が好きになり、全部の島へ行きたいと思うようになったとのことでした。
 初めの話は、植物地理区における千島列島の意味・位置です。列島の中程を境界線(宮部線)が横切っていることがおもしろいところで、この様な場所は世界に3か所しかないそうです。ウォーレス線に名を残すウォーレスがかつて東南アジアに興味を持ったのも同じような理由なのでしょうか。ちなみにサハリンもシュミット線が横切っています。きっと同じようにおもしろいのでしょう。
 ここからフロラ研究史になります。千島列島はここ70年は実質ロシア領ですが、その前70年は日本の領土でした。そのため研究史の前半は日本人が主役です。1884年に宮部金吾が日本の植物学者として初めて色丹島・択捉島へ入ったのを皮切りに第2次世界大戦まで舘脇操や大井次三郎なども盛んに調査に入っています。特に舘脇は色丹島、ウルップ島を中心に9回にわたって調査をしています。
 話はウルム氷期になります。18,000〜15,000年前には氷期のため海水準が下がりオホーツク海を囲む島々はかなり大陸と陸続きでした。しかし、千島列島の間には深い海峡がいくつかあり、完全にはつながらなかったようです。そこで北から来た植物、南から来た植物がそれぞれに境界線を持つに至たり、現在のフロラの基が作られました。
 そんな千島とサハリンそして北海道を比べてみるとおもしろいことがあります。面積は千島列島が小さく、最高標高はサハリンが低いのですが、植物の科数や種数が千島とサハリンの間では似たような数字だということです。科数がおよそ120〜160、種数が1,200〜1,600です。北海道の種数は松井さんの最新リストよりは少なめですが、ロシアで把握しているものなので仕方ないでしょう。
 千島列島とサハリンの違うところを並べると、千島は氷河期にも海峡で分断されていたのに対し、サハリンは大陸と幅広くつながっていたこと、新しい地質であるのに対し、古い地質であること、面積の割に植物の種数は千島が多く、サハリンは少ないことなどがあります。
さらに千島列島の中で見ると主要島の種数は西側では北海道からウルップ島へ向かって減少し、東側ではカムチャッカからオネコタン島へ向かって減少します。その間では一様に少なくなっています。これは島自体が小さいことと大きな島からの距離が関係しているようです。ロシアの研究から島毎の構成種の類似度を見ると、国後島とウルップ島の類似度よりもシムシル島とウルップ島の類似度のほうが低く、宮部線よりもブッソル線のほうが意味が大きいとの主張があるとのことです。これを生態学的に群落の種類で見ると、ハルニレ、ハンノキ、ウダイカンバは国後島まででなくなるものの、トドマツ、アカエゾマツ、エゾマツの針葉樹、ミズナラ、ケヤマハンノキ、シラカンバといった広葉樹の分布は宮部線で切れています。択捉島にあるグイマツも宮部線で切れています。この点からは宮部線に軍配が上がるようでもあります。
そのロシア側の研究成果ですが、バルカロフのクリルの植物(Flora of the Kuril Islands)が2009年にロシア語で出ています。この発行時点では分類等に関して日ロの合意が十分にできていなかったため、問題も残してしまったようです。そこで我が高橋会長の千島列島の植物(Plants of the Kuril Islands)が2015年に出されて、日本側の見解となったわけです。ただしこの中でも千島北部についてはロシア側の見解が取り入れられています。
ここから趣向が変わって植物の紹介になります。
まずは植物名に見る人名です。今ではなくなりましたが、昔は和名に人名が付けられたものがありました。千島列島で見ると内田瀞のキヨシソウ、片岡利和のカタオカソウ、郡司成忠のグンジソウ、栃内壬五郎のトチナイソウ、高岡直吉のタカオカソウ、田中阿歌麿のハリナズナ(アカマロソウ)があります。
このうちアカマロソウは小さな水生植物なので探せば北海道でも見つかるかもしれません。
また話が変わって礼文島と色丹島そして利尻島と北千島のアライト島の比較です。前2者の共通点は地形、地質、人口、植物、違う点は面積、市街地の配置、固有種の有無だそうで、地理的に生物の移動経路の少し脇にあることも共通点とのこと。後2者も大きさや成層火山であること、そしてヒナゲシがあるなどとなにやら似ています。
またまた話が変わってハイマツとグイマツの話です。ハイマツは普遍的な分布をしており、一方のグイマツは特殊な分布をしています。まずはハイマツ。千島列島では草原、湿原、硫気孔原地帯に生えます。また、分布しない島は点々とあるのですが、チルポイ島、ライコケ島などは小さいので種子の到達確率が低いため、マツワ島、アライト島は火山活動で絶滅した後まだ種子が到達していないため、色丹島は少雪で生えにくいためと思われるとのこと。分布を道内にまで引き延ばすと釧路・根室にもありません。
次はグイマツです。2万年前には道内にも広くありました。現在サハリンでは低地の砂丘上にあります。カムチャッカにもあります。千島列島のグイマツは色丹島と択捉島のみにあります。色丹島には湿地型のグイマツが、択捉島中部には風衝型や高木型のりっぱなグイマツが見られます。
ここでまた趣向が変わります。千島にあって北海道にはないとされている植物のうち、会員の捜索能力に期待して見つかりそうなものが紹介されました。フィールドに出るときは少し気をつけて見てください。前出のアカマロソウを含めて見つけた方は高橋先生までご一報を。
まずホロムイイチゴです。ロシアでは種を分けていますが、別種か別変種で道内のものは北方のもの、キタホロムイイチゴとは違うようです。北方山草第32号12ページもご参考に。
ダルマキンミズヒキ
花序が詰まってダルマ状になる、葉の形が丸いという特徴があります。択捉島に似た花のものがあるそうですが、葉はキンミズヒキと同じで尖っており、そこは普通のキンミズヒキも多いので分ける必要は無いと思うとのこと。道内には知られていないタイプですが、あるのかもしれません。北方山草第32号7ページもご参照ください。
マツバラン(マツバラン科のシダ植物)
九州から宮城まであり、隔離して国後島ルルイ岳の地熱地帯にあります。道東の地熱地帯にもあるのではないか、貧弱な小さい個体はあるかもしれないとのこと。
チシマゲンゲ
果実無毛のカラフトゲンゲと果実有毛のチシマゲンゲに分けられますが、日本とロシアで学名に違いがあるそうです。梅沢(2009)が日高山脈から報告しているものがありますが、バルカロフはこれを別種(Hedysarum latibracteatum)と考えているようです。
レンプクソウ
シマレンプクソウは別種か別変種で、国後島にあり、道内にもあるかもしれないので、頂生花の花冠裂片が鋭頭になっているレンプクソウを探してください。
最後はおまけの外来種。国後島爺爺岳の南東麓にはオオハンゴンソウが群落をなしているそうです。また、人為的撹乱地にはブタナに似たアキノタンポポモドキが見られるそうです。葉が鋭頭で無毛、総苞片は線形で全体に柔毛が多いものです。国後島にはたくさんあるので道内にもあるかもしれません。

講演はここまででしたが、このあと質問が出され、アキタブキの分布については、確かに人が住んでいた痕跡周辺のものは日本人が持ち込んだものかもしれない。列島の両極に分布する種の理由については、たまたま、あるいはまだたどり着いていないからではないかとの回答でした。           (画像提供:高橋英樹、文責:新田紀敏)

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